同居 というのは 想像するより大変である。。。
私の周りでは
結婚して同居したのに いきなり別居し
家まで買ってしまった という家庭が
山ほどある。。。
本当に 山ほど。。。
一つ屋根の下で台所が一つとしたなら
その家の嫁の忍耐は 果てしないくらいのものであると
考えるべきである。。。
出来あがってしまった家庭にもう一人入る ということは
自分の今までを捨てることに等しい。。
息子を取られた と思うような姑であったら
それは 確定であろう。。。
女というものは 歳を取るごとにフテブテしくなる生き物である。。
それは 私であっても 多分そうなるのだろうと思う。。
そうならなければ
未熟な赤ん坊を人間として育て上げるなんてことは無理だ。
そのくらい肝の据わった人間になるということは ある意味 勲章モノで
全てを切り盛りしてきたという 功績に 自信が伴い 初めて
揺るぎ無い存在感を醸し出すのだろうと そう思うのだが、
それは
新参者からすれば とてもコワイ存在にしかならない。。。
新参者の持ち合わせている全てを 「まだまだ」と認めず
「我が家のルールに従ってもらうのは当然だ」と
譲ることさえ思いもつかない。。。
姑は
自分の全てが この家の法律であり
自分のやってきたことに口出しするのは もってのほかで
自分の歴史に新参者が合わせるのが当然だと考える傾向が強い。。。
例え口に出さなくても
その気持ちは 会話の端々に感情と共に現れ
姑の発するオーラは 見えない重圧となって 嫁に圧し掛かる。。。
姑の視線や言葉に ビクビクして生きている嫁は多い。。。
「鈍感だったら どんなに楽か…」
最初は自分の至らなさを歯痒く思っても
次第に
何故 自分一人が耐えないとならないのか
夫は どうして黙っているのか
このままでいいのか
どんどん溜まる負の感情は
仕事や趣味で 上手く息抜きができないと
巨大な爆弾と育っていく。。。
「もう爆発して 粉々に散ってもいい」と
そう思うころになって 初めて
夫が その危機を知る。。。
そして
家を出るという結論を出すこととなるのだ。。。
姑には 寝耳に水である。
一緒に暮らすと言うから 増築したのに
その気持ちを踏みにじって 出ていくという嫁夫婦に
これだけ 譲ったのに…
これだけ 色々してやったのに…
ヤルセナイ気持ちは 今にも噴火しそうな不気味ささえも併せ持つ。。
捨てられた 裏切られた という想いは 憎悪となり
いつまでも いつまでも 怒りは息子ではなく 嫁に向き続ける。。。
例え独りきりになっても 不自由になっても
自分を捨てて去った 嫁夫婦の世話になりたいとは 微塵も思えず
病気になっても助けを求めなかった親戚のおばさんは
息子にも 娘にも 一言も弱音を吐かずに 助けを求めずに
なんとか自分で買ったオムツを履いて 食事をして暮らして…
具合が悪いということを 姉にだけ電話で伝えてきた という。。。
姉「それならタクシーでウチまでおいで」 という言葉に
おば「腰が痛くて タクシーにも乗れないから 行けないわ」
そう 力なく断った という。。。
それが 最期の会話となってしまった。。。
ある冬 おばさんは
やせ細った変死体となって 近所の人に発見された。。。
変わり果てた その姿は とても痛ましく
助けを求めなかったから と ずっと放っておいた息子と娘に
親戚どころか 世間の非難さえも 集中した。。。
死を知らせてきた 当時の息子の声は
どこか笑いさえ含んで聞こえたという。。。
この親子に どんな憎悪が渦巻き どんなに苦しい思いをして
最終選択で 出ていったのかは解らない。。。
でも せめて
何とか 連絡を取れなかったものか
そういう 気遣いをしてやれなかったのか。。。
悔やまれて仕方がない。。。
おばさんの姉妹に土下座して謝罪する 息子夫婦と娘夫婦だったが
いくら詫びても 死んでしまった者は もう生き返らない。。。
後に残ったのは
責任を放棄して母親を見捨てたという烙印を押された 子供達に向けられた
やるせない悲しみ だけであった。。。
テーマ : 嫁・姑の戦い*嫁姑問題 - ジャンル :
結婚・家庭生活
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